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神戸家庭裁判所 昭和40年(家)1532号 審判

申立人 吉川正子(仮名)

相手方 吉川久男(仮名)

主文

相手方は、申立人と協議して定める住所において、申立人と夫婦として同居せよ。相手方は申立人に対し、昭和四〇年一二月から上記同居に至る月まで一か月二、〇〇〇円宛を毎月二五日限り当裁判所に寄託して支払え。

申立人と相手方は、上記同居に関し、家庭裁判所調査官による調整を受けることができる。

理由

申立人は「相手方は申立人と同居する。同居しないならば申立人に対して、毎月相当額の生活費を支払う」旨の審判(調停より移行)を求めた。そして、申立人が事件の実情として述べた要旨は

「申立人と相手方は昭和三二年一二月一日婚姻した夫婦で、子供はできなかつたが、これまで格別の問題がなかつた。ところが昭和四〇年五月一八日突然相手方は離婚を求めてきた。それまで相手方の両親の家で同居していたが、同年八月四日相手方が勝手に家を探してきて、他人の二階に住むようになつたが、九月三日相手方は無断で家を出て行き、その後は住所も明らかにしない。申立人としては、離婚の理由も別居の理由もわからないので、夫婦として同居を求める。相手方は○○電話局に勤務し、月収二万五、〇〇〇円を受け、うち二万〇、〇〇〇円を家計に当てて夫婦の生活を維持してきたのに、八月からは、生活費をくれないので、申立人は同月末から○○会館ビルの電話交換手として雇われ、月給一万四、五〇〇円(他に交通費支給)を得て、生活をまかなつているが、生活費には、間代六、五〇〇円、食費七、〇〇〇円、光熱費二、〇〇〇円、その他四、五〇〇円合計二万〇、〇〇〇円必要で、申立人の収入だけでは足りないし、元来申立人の就労は、相手方が収入を渡してくれないためである。よつて、円満に夫婦として同居するまで、上記生活費二万〇、〇〇〇円の支払を求める」というのである。

相手方は「同居には応じられない、生活費も支払えない」と述べ、その理由として

「申立人は、夫である相手方のことを“ぼく”と呼んで子供扱いし、どこへも行かせないというように独占欲が強く、相手方の人格や立場を認めようとせず、自分勝手である。しかし、相手方は申立人の境遇に同情して結婚した経緯もあり、これまで不満を押えてきたが、本年五月に相手方の姪(一七歳)が熊本から上神しその就職等についていろいろ世話をしたのを誤解して、相手方を理解しようとしない態度にこれ以上我慢ができなくなつた。申立人は相手方の両親とも調和せず、七月にはつかみ合いのけんかをしたりしたため、両親から出てくれと言われて、八月初め間借生活に移つた。ただしこれは、もつぱら離婚の協議を円滑にするためであつて、相手方は、離婚後の申立人の生活のために、相手方が友人から買い受けた土地一一〇坪(代金四四万円のうち二七万円支払済)をすでに申立人の名義にしたほか電気製品等家財一切と現金五〇万円を他より借り入れてでも提供する旨申し入れて誠意を示すが、申立人は取り乱して話し合いができないので、やむなく家を出たものである。このような次第で、相手方はこれ以上申立八との同居に甚えられず、その婚姻生活は完全に破綻して仕舞つているので、申立人の同居請求には応じられない。

八月以来生活費を渡していないことは認めるが、その月の家賃は支払い、九月に家を出るとき敷金二万五、〇〇〇円と電気製品等家財道具一切は申立人の取得としてある。その後は申立人自身就職して収入を得ているし、それでも不足すれば、申立人名義の土地(時価一〇〇万円以上)を処分すればよい。これに反して相手方は、申立人との生活破綻が原因で、必要以上の出費がかさみ、現在では友人等に一七万円位の負債ができている。したがつて申立人に対し、生活費を支払うことができないし、またその必要もない」と述べた。

(当裁判所の判断)

申立人と相手方本人、相手方の父吉川悟の各審問結果、調停記録中(昭和四〇年家イ第七八九号)の家庭裁判所調査官母袋道子の調査報告書を綜合して判断するのに、申立人には相手方の言うような欠点があることも認められるがなお家庭内において解決の余地があり、直ちに離婚したりすることはもちろん、問題を回避して別居してしまうことは適当でない。したがつて夫婦として同居を求める申立人の申立を相当としなければならない。同居の場所については、双方仮の居所に居る現状では、いずれの場所とも定め難いとともに、申立人は、相手方の指示に従う意向であるから、双方協議して定める住居をもつて同居の場所とすればよい。

申立人の生活費については、これまでは敷金返還金、家財等売却金と申立人の収入でまかなつて来ているが、相手方が直ちに同居に応じないとすれば今後申立人はその月給一万四、五〇〇円だけで職業と生活を維持しなければならないことになる。相手方は申立人名義の土地の処分をいうけれども、夫婦の唯一の財産であるから、このような状態における処分は適当でない。むしろそのような事態に立ち至らないよう速やかに夫婦協力して生活を再建するための同居生活に復帰すべきである。そして申立人の収入額から間代六、五〇〇円を控除した八、〇〇〇円では、上記のような状態で別居を余儀なくせられている妻として十分な生活費ではない。申立人夫婦が相手方の両親のもとで同居していたときは格別(家賃四〇〇円)として、夫婦で間借をした場合、相手方の月収二万五、〇〇〇円に、申立人もある程度内職収入を得ることになろうから、現在と同程度の家賃を控除するとしても、少くも申立人においても実質一〇、〇〇〇円程度の生活は維持しうるはずである。したがつて申立人の現状は、その実質不足額二、〇〇〇円について扶助の必要があるものと認めるべきである。申立人は必要生活費を二万〇、〇〇〇円とし、その全額について支払を求めているけれども、夫婦の破綻が一方的全面的に相手方にあるというものでなく、また申立人は健康で、足手まといになる子供があるわけでもないので、たとい相手方の支払を得られなくなつたことから就労するに至つたとしても、その現在の収入を参酌して扶助の必要性を判定すべきものと考える。したがつて上記金額をこえる申立人の請求は適当でない。

一方相手方の主張する負債については、その明細や返金の緩急度についての資料の提出がないため明確な判断ができないが、八月以来の不自然な生活のため、ある程度の負債が生じ、前の土地購入代金の未済と合わせて逐次これを返却していかなければならないであろうことは推認するに難くない。しかしそれにしても、申立人の生活は一層緩急の事であるので、昭和四〇年一二月以降(申立人は勤務の日が浅く年末手当も当然僅少であることが予想される)同居に至るまで、相手方は申立人に対し、一か月二、〇〇〇円宛を支払つてその不足を補う義務がある。そしてこの程度のことは上記負債を考慮しても可能と認める。申立人も同居を得たうえは、さらに生活を節し、あるいは共稼を続ける等して負債の返済に協力するものと考える。

さて申立人と相手方の同居については、両者間の意思の疎通や理解の促進、同居場所の選定、相手方両親その他関係者の理解と協力等具体的問題の解決が必要であるところ、これを互いに不適応状態にある当事者の努力だけに期待することは適当でない。よつて家庭裁判所調査官の助言指導による調整を受け得るものとする必要があるものと認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 坂東治)

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